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ep3 王女

Author: 根上真気
last update Last Updated: 2025-03-14 17:15:17

【1】

彼女の名前はリザレリス・メアリー・ブラッドヘルム。

この国〔ブラッドヘルム〕の建国者である伝説の吸血鬼ヴェスペリオ・リヒャルト・ブラッドヘルム王を父に持つ、吸血鬼のプリンセスである。

かつてブラッドヘルム王からプリンセス・ロイヤルの称号も与えられているリザレリスは、まさしく正統なる終身の吸血姫だ。

「あ、あのぉ......」

気がつけば舞台衣装のような宮廷ドレスにティアラまで被せられ、促されるがままに玉座へ座らされていたリザレリスは、ひたすら当惑していた。

彼女の眼前には真紅の絨毯が川のように伸び、それを挟んで城の者たちがズラッと総出で片膝をついている。

数段高い玉座から、彼女が彼らを見下ろす光景は、まさに王女と家来たちの構図といったところだ。

ただし家来たちに、それを強制されたような様子は微塵もうかがえない。むしろ抑えきれない王女殿下への拝謁の喜びを堪えているように見える。

というのも......。

ついさっきまで、城中てんやわんやの大騒ぎとなっていたからだ。ついに五百年の眠りからリザレリス王女が目覚められたと。

その間、当のプリンセス本人は現実についていけず、ただただ狼狽するのみだったが。

「王女殿下。どうかお言葉を」

彼女の隣に寄り添って立つ、この眼鏡をかけた長身痩躯の年配紳士はディリアス。彼は王女の側近となる人物だ。

「そ、その、ディリアス」

「なんでございましょう」

「い、いや、なんでもない」

リザレリスの頭の中の混乱は一向に収まっていない。

前世で刺されて死んだ男が、どこぞのお姫様に転生した。それは理解した。だが、理解はしても受け止めきれていなかった。

「......てゆーか、なんで前世の記憶も人格もそのままで、このリザレリスとかいう女のそれはまったくないんだ?」

思わず口をついて出てしまう。はたとしたリザレリスは、ディリアスの顔を見上げた。

ディリアスはきょとんしている。「王女殿下。なんとおっしゃいましたか?」

彼の顔を見つめながらリザレリスは逡巡するが、すぐに覚悟を決めた。というより、すでにもう面倒臭くなったのだ。

「俺の言葉だけど......」

リザレリスはすっくと立ち上がった。一同の視線が、彼女の光輝で麗しい姿へ集中する。

美しい黄金の長髪に薔薇のような紅い瞳。それらをより際立たせる透き通るような白い肌。まだ十代のうら若き乙女に見えながら妖艶さも秘める比類なき美貌。

まさしく、彼女こそ伝説の吸血鬼の娘、吸血姫(ヴァンパイアプリンセス)だといって誰もが疑わないだろう。

「......」皆、息を飲んで彼女を見守っている。

リザレリスは大きく息を吸い、口をひらく。

「俺、なんにも覚えてないんですけどー!!」 

広々とした玉座の間に、王女の声がトランペットのように響き渡った。

シーン。

水を打ったような静寂。この場にいる誰もが、虚をつかれて固まっていた。

「あ、あの、王女殿下」

ややあってから、おそるおそるディリアスが声をかけた。

リザレリスは彼に一瞥をくれてから、再びキッと前を向く。

「だから俺はリザレリスなんて姫様のことも、このブラッドヘルムとかいう国のことも、何もかもなんにも知らないんだよー!!」

隣のディリアスがうろたえる中、もはやリザレリスは完全に平常心を失っていた。

「はあ?吸血鬼?なんだよそれ!意味わかんねーわ!五百年も眠ってたって、じゃあ俺は今いったい何歳なんだよ?」

「お、王女殿下、どうか落ち着いてください」

「うるせー!てゆーか、そんなに長く眠ってたくせに、なんでいきなり起きてフツーに活動できてんだよ!何もかもわけわかんねーよ!」

「お、王女殿下がご乱心だ!!」

ディリアスと他数名の重臣たちが慌ててリザレリスを取り囲んだ。

「は、離せよ!」

「王女殿下!いったんお退がりください!」

「いいから離せって!俺はプリンセスなんだろ!?」

「と、とにかく殿下を自室までお連れしろ!」

ディリアスの指示の下、重臣たちの手により、リザレリスのわめき声が玉座の大広間から遠ざかっていった。

取り残された臣下の者たちは茫然としていた。

「......お、王女殿下は、記憶を失くされたのか?」

この時、王女殿下が女王陛下に即位することが棚上げになったのは言うまでもない。

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